菫桜色

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小説『海のある奈良に死す』 感想

 

海のある奈良に死す (角川文庫)

海のある奈良に死す (角川文庫)

 

 

今回は火村先生がなんか普通だ。と、ちょっと初めのうちは読んでました。
が、エンジンがかかり始めた辺りからなんかちょっとずつおかしくなっていきます。エンジンかかった途端おかしくなる探偵なんかかっこ悪すぎだろ、とか思いつつ、火村先生だから許せる、とかも若干思う。


「行ってくる。『海のある奈良』へ」
そう行って旅に出た赤星楽が、小浜で遺体になって発見された。調査のためアリスと火村はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。火村先生のベンツに乗って小浜へも行くし、新幹線に乗って京都へも行くし。とりあえず火村のステアリング捌きはかっこいいし新幹線の旅は楽しそうで私もしたいよ、って話。


「おごりだよな、新刊の印税がどばーっと入ってくるんだし、今夜はうちをホテル代わりにするんだから」
『火村英生はにこにこ笑っていた。三十半ばにさしかかった男が何が「おごりだよな」だ。「印税がどばーっ」だ。』
き、気持ち悪い・・・。笑
「ははぁん、それ以外にも天体観測、登山、ボトルシップ作りと猫の調教、変態性欲の権威だ、ということになってませんか?そのプロフィールは無茶苦茶ですよ。それぞれに根拠があるにはあるんですが、それは例えば、高校時代にボクシング部に所属していたとか、多感な少年時代に朝まで星を観ていた一夜があるとか、猫を二匹飼っている、というささやかなエピソードから捏造されたものにすぎません。変態性欲の根拠だけは――秘密です」
秘密って…何だ…。
変態性欲って、一回目出てきたときは軽くつっこんで終わったけど、そう何回も出てくると気になるでしょ。変態性欲かそうかそういうひとなのかってほんとに納得しちゃっていいわけか?というかそれをアリスも火村も認めてる時点であれだ、自他共に認めるってやつだよ…。


それにしても火村先生をいたく気に入ったらしい朝井女史にアリスがひと言。
「女嫌いが珠に瑕ですけどね」
いや、アリス、そんな釘刺さんでも。
「やめてくれ。推理作家がうつる」
小学生か火村英生。


『何故、犯罪者をほうっておかないのだ?
人を憎んで罪を憎まず、などと言って嗤うのだ?
やがてこの国でも死刑は廃されるだろう、という私の良識ある見解を冷笑するのだ?』
『私の眠りを裂いた悲鳴がやむと、火村ががばっと起き上がる音がした。荒い呼吸を抑えようと努めながら、私が目を覚ましたのかどうか『気配を窺っている気配』がする。死人も目覚めるような悲鳴がしても平気で眠りを貪り続ける世にも鈍感な男、を私は演じた。』
ちょっとずつ姿を見せる火村の心の闇。でも、姿を見せるといっても謎が解けていってはないです。少しも。
ふたりは長い付き合いですごく仲もいいのに、それでもそこには踏み込めないでいるアリスに切なさを覚えます。
いつか火村が胸の内を明かす日が来たらいいな、と思います。
読者として、っていうのもあるけど、なんかアリスが可哀想すぎるし。
火村は自分を『犯罪だけが友の孤独な』人間だとか言うし、アリスにとって火村は『私の最も近しい友』なんだから。

しかし、そんなことがあっても。
『翌朝、目を覚ますと、夜中に悲鳴をあげた友人は鼻歌まじりに歯を磨いていた。』
まあ、火村先生にはもう日常てきなことなのかもね。そう珍しいことじゃないのかも。
ところで。女ならふたりで旅行行ったら部屋って絶対ツインにすると思うけど、普段このふたりはシングルふたつにしてるみたいですね。今回は別として。
それってやっぱり火村の悪夢のせいなのかな。アリスはそれを学生の頃から知ってるわけだし、不審にも思わないだろうし。
それとも三十男ともなるとそんなもんなのか?うーんわからん…。


ま、それはともかく。
レンタルビデオ屋にて、目当てのビデオがないと知ったときの馴れ馴れしい例のオヤジ、臨床犯罪学者火村英生34歳の行動。
「これ、貸し出し中だよね。いつ借りられてて、いつ返ってくるの?」
よせや…。
どうしてもここのこのビデオじゃないと、と言い張るにしても他に行動の起こし方あるだろうというような立ち居振る舞いで火村英生はサブリミナル効果を看破します。
しかしやっぱりこのひと口が上手いって言うか話しかたが上手いって言うか。『スイス時計の謎』の『あるYの悲劇』のときみたいにね。


しかしその後、霧野となかなか連絡が取れなくなった辺りから、結末は読めてきてました。すごくすごくいやだけど、結末はきっとこうなるんだろうなあ…と。はあ。
今回の作品では片桐さんが活躍してましたね。森下さんに代わってのハリキリボーイでした。
赤星楽も、このまま普通に出てたら好きになれてたかもしれないのに。残念。
しかし弘前泉の乗り移った火村は気持ち悪かったなあ…。何が「いいですか?」だ。
弘前泉って何歳ぐらいの設定なのか知らないけれど、かなり歳いったイメージが浮かんじゃうよ。名前から。
そして私の中では『蠱』の御前教授と見事にかぶってるっていう。
それにしても助手が可愛らしいオンナノコじゃあ、きっと私は読まなかっただろうな。私もある意味で女嫌いなところあるので…。
まあそんなこんなで今回もまた重箱論争でございました。